孫正義さん-夢のある大きな構想力に改めて感心
昨日、久しぶりにソフトバンクの孫正義さんとお会いしてお話をしました。
孫さんとの出会いは、そもそも約30年前になります。当時のソフトバンクはいまとは全く違った仕事、つまり、当時パソコンが出現して、そのパソコンのパッケージ・ソフトウェアができて、そのパッケージ・ソフトウェアを販売するための一種の問屋機能を担っていました。
昨日、久しぶりにソフトバンクの孫正義さんとお会いしてお話をしました。
孫さんとの出会いは、そもそも約30年前になります。当時のソフトバンクはいまとは全く違った仕事、つまり、当時パソコンが出現して、そのパソコンのパッケージ・ソフトウェアができて、そのパッケージ・ソフトウェアを販売するための一種の問屋機能を担っていました。
参議院議長の西岡武夫先生がお亡くなりになられました。私は、これほど悪いとは思っておらず、突然の訃報に驚くばかりです。心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
私は、幹事長時代に西岡議長をたびたび訪れることがありました。そもそも、新進党の幹事長を西岡先生が務めておられたときに、私は副幹事長としてお支えをした1人ですが、そういったご縁もありましたし、どうしても菅総理に対して批判的な言葉の多かった西岡議長は、参議院の執行部とも必ずしもコミュニケーションが十分とは言えない状況でしたので、私がときどきお邪魔をしては、ご意見を伺っていました。
一昨日(26日)、ドイツのヴルフ大統領とともに、私の地元の三重県四日市市の化学工場を視察しました。ヴルフ大統領は、日独交流150周年、つまり、日本と当時のプロイセンが国交を開いて150周年の記念事業のハイライトとして日本に来られ、1週間の滞在です。
被災地を訪問され、被災者の皆さんを励まされたりして多忙な中で、四日市を訪問されました。なぜ四日市なのかというと、そこにドイツの「エボニック社」が200億円を投じて新しいプラントを造ったからで、それを見に来ていただきました。
いま、新しい閣僚が決まり、これから、党務関係も含めたそれ以外の人事を行っていかなければならない段階です。
私は、今回の人事は非常に良い人事だと思いますが、1つ残念だったのは、私の長年の友人であり、ともに民主党でやってきた鉢呂吉雄国対(国会対策)委員長が交代になったことです。
1月4日に、菅総理が伊勢神宮を参拝されました。地元の代議士として、そして、幹事長として同行させていただきました。
いつものことながら、大変な参拝客の皆さんのご厚意に迎えられて、菅総理も一生懸命握手をされて回っておられました。
正月早々、多くの方々と「菅さん」という掛け声に支えられて、菅総理も大変嬉しそうにされていました。今年1年、しっかり頑張らなければいけないと、総理ともども、皆で誓ったところです。
今日は、軽い話を少ししたいと思います。
鹿児島に行ったとき(12月4日)に、大変忙しい日程ではありましたが、鹿児島から熊本まで新幹線に乗りました。駅で急いでいるときに、ふと気がついて、「白くまアイス」が売っていないか周りの方に聞きました。
明日木曜日(10月28日)に発売になる週刊文春(11月4日号)で、私と舛添議員(新党改革代表)の対談を載せていただくことになりました。先般収録をしたものです。
舛添さんは自民党を出られましたが、非常に発信力のある政治家です。
私が彼を非常に評価しているのは、1年前の総選挙の最中のことでした。たまたま、岐阜県、具体的には岐阜1区の応援で、ほぼ同じ時期に応援に入り、岐阜から名古屋まで電車で戻る電車で鉢合わせになりました。
大変暑い日が続いていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
私は、8月14日から17日までの4日間、夏休みを取らせていただきました。これだけ長く休んだのは、本当に久しぶりな気がします。
今日は、外務大臣室に歌手の平原綾香さんにお越しいただきました。
どういうご縁かと言いますと、外務省提供のテレビ番組「地球VOCE(ヴォーチェ)」に、平原さんの「Joyful Joyful」という歌が主題歌として採用されていますので、そのご縁で来ていただきました。
今日は2月18日です。いまから20年前、平成2年の2月18日に私は衆議院議員として初当選しました。
この間、20年は本当にあっという間に時間が過ぎました。当時36歳だった私も、56歳になりました。
このブログでも3月にご紹介したと思いますが、私が大学生時代、つまり18、19歳といった時代ですから、いまからほぼ40年前に下宿していた、山本さんという下宿屋のおばさんの話をしたと思います。病院にお見舞いに行ったというお話をさせていただきました。
あれから1年近く経つわけですが、たまたま日曜日にもう一度お見舞いに行こうという話を友人としていたところ、施設の側から、かなり状況が悪くなってきたので、出来ればお見舞いの日を改めてもらいたい、早めてもらいたいという連絡をいただきましたので、前日である土曜日の夜に慌ててタクシーでお見舞いに行きました。
今日は、画像でご覧頂いている方は、いつもとちょっと違うとお感じかもしれません。 素数が4倍になりました。多少、いままでよりは見やすくなっているんじゃないかと思います。さて、この週末、伊藤和也さんの追悼写真展に参加させていただきました。伊藤和也さんというのは、「ペシャワール会」の一員としてアフガニスタンで活動してこられ、不幸にもお亡くなりになった若者です。
いままでのカメラがやや古くなりましたので、新しいカメラに替えて、画
今日は、内閣不信任案を出す、非常に記念すべき日でしたが、実は、7月14日は私の誕生日でもあったわけです。
私は、基本的にプレゼントはもらわないという方針でやってきていますが、今日、内閣不信任案を採決した本会議が終わったあと、京都の泉ケンタ議員に言われて、本会議場の隣の院内16控室に入りますと、そこに30人ぐらいの当選2~3回生の皆さんがいて、プレゼントを頂きました。
大変忙しい、バタバタしたなかですが、昨日ある人のお見舞いに行ってきました。
「ある人」というのは、山本さんとおっしゃる方で、私が大学に入って、教養学部の時代に2年間お世話になった下宿屋のおばさんです。教養学部のある駒場に比較的近いということもあって、5人ぐらいの学生がその下宿にお世話になっていました。
今週日曜日、民主党大会が開催されましたが、午後の3時からでしたので、午前中少し時間が空きました。前日は千葉でしたので、地元に戻るだけの時間はありませんでした。それで、党大会が開かれるまでの間、妻と一緒に都内を散歩して時間をつぶしました。 緑があるところがいいということで、田安門から北の丸公園を通り、そして、皇居の中に入って大手門から出てくるというコースで、緑の中を散策しました。
先日、地元で私の運転手を10年間やっていただいた田中正己さんがお亡くなりになりました。今日は、そのお話を少ししたいと思います。 昨日の本会議が終わったあと地元に戻り、今朝10時からの葬儀に出席をして、東京に戻ってきたところです。
1月2日の早朝に私の祖母が亡くなりました。
私の母親の母親ということで、昨年100歳の誕生日を迎えたところでした。大変高齢でしたし、しかも、ここ数年間は入退院を繰り返していましたので、いつかはこの日が来るだろうということは、覚悟はしていました。
そういう意味では、いよいよその日が来たということではあったのですが、しかし、私は子どもの頃から、10キロくらい離れた祖母の家に、1人で自転車に乗って、よく遊びに行ったということもあり、また、20年前に政治家になると決めたときには、一生懸命応援をしてもらったわけで、非常に感慨深いものがあります。