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2012/01/12

インド訪問(2)―大戦直後から続く日印交流を若い世代へ

今日はインド訪問の2回目で、首都デリーでの2日間についてお話したいと思います。

まず、なるべく現場を見ようということで、マルチ・スズキ社、つまりスズキ自動車の工場を見に行きました。前回もお話しましたが、インドは基本的にヒンドゥー教ですから、正月はありません。従って、1月2、3日でも工場はやっていたとのことです。

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2012/01/11

インド訪問(1)―無限の可能性を持つグジャラート州

少し前のことになりますが、1月2日から6日までインドに行ってきました。今年は、日本とインドの国交60周年ということもあり、今回は、福田元総理が会長、私が会長代理を務める日印友好議員連盟のメンバーとして訪れました。

2回に分けてお話をしたいと思いますが、今回は最初に訪れたグジャラート州についてお話しします。

インドは、首都デリーだけではなく他の都市も一度見てみたいと思っていたので、首都デリーと産業の盛んなムンバイの間にあるグジャラート州を訪ねてきました。

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2011/12/28

米国訪問-シリコンバレーとワシントン刺激を受ける

先週(12月18日~23日)、アメリカに行ってきました。

まず、18、19日の2日間、サンフランシスコに行き、シリコンバレーを回ってきました。これは、日本にいる米国のルース大使から、かねがね一度シリコンバレーを見ないかと言われていて、そのお誘いに乗る形で訪問しました。

ルース大使は、大使になる前にまさしくシリコンバレーの様々な企業、グーグルやフェイスブックも含めた企業と早い段階でコンタクトを取り、そういった企業を育て上げる弁護士事務所の共同経営者でした。

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2011/12/13

バリ民主主義フォーラム-総理特使として出席、要人会談も

Yudoyono国会閉会間際でしたが、先週8日(木)に、インドネシアのバリ島で開かれた「バリ民主主義フォーラム」に出席しました。

バリ民主主義フォーラムとは、インドネシアのユドヨノ大統領が中心となり、アジアを中心として民主主義国家が集まり、民主主義の価値について話し合うという会議で、今年で4回目になります。

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2011/11/10

TPP交渉参加問題-長く厳しい議論の末、党提言まとまる

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)をめぐる党の経済連携PT(プロジェクトチーム)の提言が、鉢呂座長のもとでようやくまとまりました。

長い総会における平場(PT総会)での議論、そしてPT役員会での議論を通じて、いったんは一昨日(8日)の役員会で全員一致の意見をまとめたのですが、昨日(9日)総会にかけたところ、さらに様々な意見が出て、最終的に役員会でもう一度文章の打ち直しを行って、総会で決まったものです。

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2011/10/31

ヴルフ独大統領との交流-個人的な人間関係が国政にも影響

Isejingu今回、ドイツのヴルフ大統領と東京や三重で何日かご一緒させていただきました。前回お話しした通り、四日市に来ていただいたあと、伊勢神宮にも大統領に行っていただきました。

大統領が四日市の「エボニック社」に興味を持っていると聞いて、私は、「四日市まで来ていただくのであれば、日本を理解する1つの手だてとして、伊勢神宮に来ていただければありがたい」とドイツ側に申し上げておりました。それが実現叶って、伊勢神宮まで来ていただきました。

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2011/10/28

四日市の独企業-ヴルフ大統領とともに興味深く視察

 一昨日(26日)、ドイツのヴルフ大統領とともに、私の地元の三重県四日市市の化学工場を視察しました。ヴルフ大統領は、日独交流150周年、つまり、日本と当時のプロイセンが国交を開いて150周年の記念事業のハイライトとして日本に来られ、1週間の滞在です。

被災地を訪問され、被災者の皆さんを励まされたりして多忙な中で、四日市を訪問されました。なぜ四日市なのかというと、そこにドイツの「エボニック社」が200億円を投じて新しいプラントを造ったからで、それを見に来ていただきました。

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2011/09/30

沖縄密約開示訴訟-妥当な判決も原告の基本的な思想に賛同

沖縄返還交渉にあたって密約があり、この密約は、外務省で私が調査を命じた4つの問題ではなくて、交渉にあたって一定の負担を日本国政府が行うという別の密約もあるということに関して、訴訟が行われています。

元毎日新聞西山さんや、著名な文化人の皆さんが中心になって訴訟をされていますが、第1審で外務省及び財務省に対して、「文書があるはずだからそれを開示しろ」という判決が出ました。私が外務大臣のときです。

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2011/09/28

韓国訪問-旧交を温めながら、各国の現実を見る努力が必要

20110922korea1 週末(9月22~24日)を利用して韓国に行ってきました。韓国は外務大臣としては2度行きましたが、1年ぶりの訪韓でした。

韓国では来年春には国会議員の総選挙があり、12月に大統領選挙が行われるので、今回は、与党ハンナラ党、最大野党民主党両党の代表や、大統領候補になり得る人たちと意見交換をしてきました。

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2011/09/15

ドイツ訪問(2)-大統領や3人の院内総務と有意義な会談

前回に引き続き、ドイツの話を少ししたいと思います。

今回の訪独は、ヴルフ大統領からのお誘いがあってということは申し上げました。訪独中には、大統領公邸で朝食をともにしながら、1時間ほど2人で話をすることができました。ヴルフ大統領と会うのは今回が4回目でしたので、随分打ち解けた会話になりました。

特に、大統領は近く日本を訪問される予定があります。今年は日独交流150周年という記念の年であり、日本でもドイツ関連のいろいろな催物があり、ドイツでも同様に日本の紹介などいろいろなことがなされています。私がドイツへ行った際にも、浮世絵の葛飾北斎展が開催されていました。

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2011/09/13

ドイツ訪問(1)-2人の大統領との有意義な交流

週末を利用してドイツへ行ってきました。木曜日(8日)の朝に日本を発って日曜日(11日)の午後に戻るという慌ただしい旅でしたが、大変収穫がありました。

今回の旅では、ドイツのヴルフ大統領が関係するケルバー財団主催のベルゲドルフ・ラウンドテーブルの50周年ということで、「世界新秩序の中の欧州とアジア:新しいアジアの勃興」というテーマで議論するので参加してほしいと言われ、参加してきました。

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2011/06/04

イノウエ議員-人前で泣いてはいけないという祖父の教え

6月3日にアメリカ議会上院のダニエル・イノウエ議員と奥様のアイリーンさんと朝食をともにしながら、1時間ほどお話をしました。

普天間の米軍基地移設の話や、被災地に行かれたときの話など話題は非常に豊富でしたが、プライベートな話もいろいろする機会があり、大変興味深く思いました。

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2011/05/27

日韓図書協定の成立-いたずらに時間がかかったことは残念

懸案事項であった日韓図書協定が、ようやく参議院で承認されました。これは、日本が朝鮮半島を植民地支配していた時代に、朝鮮総督府にあった「朝鮮王室儀軌(ぎき)」など、戦後日本に移管された1205冊の図書について、今回韓国に引き渡すこととなりました。

経緯を言いますと、朝鮮総督府にあったものが、戦後宮内庁に移されました。韓国政府は従来からその返還を求めていましたが、民主党政権ができてから、「返還」ではなく「引き渡す」という形で、これを韓国側にお渡しすることを決める協定が承認されました。

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2011/05/17

三沢の米空軍-震災後の協力に感謝し、さらなる深化に期待

Misawa1[1] この週末(14、15日)は青森県へ行ってきました。基本的には、知事選を控えて、民主党の候補予定者の山内たかしさんの集会に参加するということでしたが、この機会に原子力に関わる問題を中心に、いくつか現地を視察しました。

その中で、まず今日お話ししたいのは、三沢の米軍基地を訪問したことです。米軍は、三沢には空軍を中心に展開していますが、そこのマイケル・ラスティーン第35戦闘航空団司令官(大佐)を訪ねて、一言お礼を申し上げました。

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2011/03/05

スー・チー女史との電話会談-温かく柔和な中に強い芯

昨日(3月3日)夜遅くに、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー女史と電話で話をしました。

きっかけは、我が党の阪口直人衆議院議員(和歌山2区)がスー・チーさんとかねてより接点があり、その仲で、私とスー・チーさんとの電話会談が実現しました。

ミャンマーの現状は皆さんご存じのとおりです。一端は、かつて民主的な選挙が行われ、スー・チーさん率いる政党(国民民主連盟)が圧倒的多数を取りましたが、その直後に軍部によるクーデターが起こり、それ以来、軍政がしかれてきました。

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2011/02/25

沖縄協議会-普天間基地に関する提言を前原外相ら申し入れ

先般(2月18日)、外務省に前原外務大臣を訪ねて、民主党沖縄協議会の座長として、提言書(「普天間飛行場の危険性除去および負担軽減に関する提言」)を手渡しました。

中身は、普天間基地の危険性や騒音の除去・軽減についてです。私自身も先月沖縄へ行き、普天間基地のある宜野湾市の安里市長にお会いしました。また、先日は、市長からわざわざ訪ねていただきました。

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2011/01/17

沖縄訪問-基地はもちろん、幅広い課題に取り組んでいく

Okinawa2 ちょっと遅くなりましたが、一週間前の週末(1月9日、10日)に沖縄行った話をしたいと思います。

「沖縄の声にしっかり耳を傾けていこう」という趣旨で、党の中に、私が座長になって、党本部と沖縄県連との合同の「沖縄協議会」を作りました。

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2010/12/27

NGO議連の解散-政府や党に引き継ぎ、その役割を終える

先日、私が党代表を辞めたあと(2006年3月)に設立した、民主党NGO海外活動推進議員連盟の解散を行いました。

23万円ほど会費が残っていましたので、「ジャパン・プラットフォーム」(NGOや政府、経済界などが緊急援助、復興支援等を迅速に実施するための国際人道支援システム)に寄付することで、議連の皆さんにご承認をいただきました。

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2010/11/25

北朝鮮の韓国砲撃―想定外の事態も念頭に、日米韓で協力を

韓国において、北朝鮮の砲撃によってお亡くなりになった方が出るという、大きな事件が発生しました。まず、犠牲になられた方々に、お悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。

この事件は、今年3月に哨戒艦「天安号」を魚雷で撃沈させた事件と関連しており、1つの延長線上にある事件だと思います。

ただ、当時は、北朝鮮は自らの関与を否定し、一部の大国の中に同調するかのごとき動きがあったのに対し、今回は、北朝鮮がまず攻撃を仕掛けてきたということがあって、そのことについては疑う余地もないという違いがあります。

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2010/11/15

ミャンマー選挙とスー・チーさん解放-民主化へ、粘り強く

ミャンマーで総選挙が行われ、その後、(自宅軟禁中だった)アウン・サン・スー・チーさんが解放され、自由の身になりました。

ミャンマーの問題には、私は外務大臣時代から非常に関心を持って取り組んできました。

この選挙は、誰にでも開かれたという観点から見ると不完全なものであり、いままで権力を持っていた軍部が引き続き権力を維持するということで、様々な問題があることは否めないと思います。

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